大将からひとこと

第十二回:夢の1枚

お店もボチボチ軌道に乗り始め、
初めての夏を迎えようとしていた
6月頃のことでした。

若い男の子がのれんをくぐり、
なにやら声を掛けて来ました。

女将が外で対応すると、
若いカップルは手にお札を1枚握りしめながら
「これで食事をさせてください」
と不安そうに言いました。

店は少しバタバタとしていましたが、
カウンター席は空いていました。

女将が
「大丈夫ですよ。
 安心して飲んで食べて行ってください。」と
声を掛け、私も快く彼らを受け入れました。

会話もすすみ、お酒も入り、
雰囲気にも慣れると重かった口も軽やかになり、
二人は自分たちのことを話してくれました。

二人とも兵庫教育大学の1年生でドライブで
加古川まで来ていたということ。
帰りに当店を見掛け、
勇気を出して声を掛けたこと。

彼女は沖縄からはるばる兵庫まで出てきていて、
彼は地元の社町の出身であること。

そして未来の夢はやはり
「学校の先生になること」だということ。

心地よくお酒とお食事を召し上がられ、
「では帰ります」というときに
彼らの車を見ました。

ボロボロのミゼットのような車でした。
学生でお金があるわけもなく、
当時でしたら社町まで1時間半ぐらいはかかりますが、
私たちには「気をつけて帰ってくださいね」と
声を掛けるしか出来ることはありませんでした。

それから毎年、
同じ季節になると
二人でお店に寄ってくれるようになりました。
当時の素直な気持ちと素敵な関係が
延々と続いてくれることを
祈っておりましたが、4年後の季節には彼ひとりで
お店に来られました。

彼から
「彼女は沖縄に帰って先生になりました」
と報告を受け、子供のような寂しさと
個人個人の環境の違いをひしひしと感じましたが、
私から見ればまだまだ若い子供たちです。

夢を実現し、
私たちにも夢を与えてくれた素敵な
カップルでした。

このような若い人たちやいろいろな方々に
お店をご利用いただき、
出逢いと別れと喜びと悲しみ、
多くのことを学ばさせていただいております。


・・・つづく

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